Global Athlete PROJECT

佐竹氏からのメッセージが届きました!


佐竹氏からのメッセージが届きました!

日本でプロスポーツチームのユニフォームを着て歩く人は珍しいが、アメリカでは着ていないほうが珍しい――。大げさな比喩も成り立ってしまうスポーツ大国にあって、指折りの認知度を誇るNFL(ナショナルフットボールリーグ)。ここで長く優勝争いをするサンフランシスコ49ersは、まさに地元のシンボルだ。佐竹美帆さんは今季、そのクラブのチアリーディングチーム・ゴールドラッシュで史上5人目の日本人チアリーダーとなった。

「週末のゲームデーはお祭り騒ぎ」。スタジアムやバーはたくさんの人でごった返すようだ。彼女自身は、そんな熱狂を知らずに世界最高峰の舞台に挑戦。最初はネイティブの英語が、まったくと言っていいほどわからなかった。しかし、友人の訪問とチーム内でのコミュニケーションでその壁を克服した。

ここまでアメフトが盛んだとはわからなかった。
オーディションでも英語がまったくわからない…。

チアリーダーは、一般社員としてトヨタ自動車に入って始めました。JBL(日本バスケットボールリーグ)に所属する男子バスケットチームのアルバルクは、伝統的に従業員がチアをやっていました。入社時はそこに若手が少なく、私が器械体操をやっていたと知った当時の部長から、ほぼ強制的に加入を勧められたんです。最初は抵抗がありましたけど、元々ダンスにも興味があってか、いつの間にハマりましたね。NFLのイメージが沸いてきたのは、2010年頃。元ゴールドラッシュの安田愛さんにお会いしたこともあって、試しにオーディションを受けました。
アメリカでは、スポーツ選手になりたいと夢を持つ、それを実現するために行動を起こす子どもが日本より多い気がします。だからこそ、アスリートを応援する雰囲気が国全体にある。NFLやメジャーリーグのチームは地域密着型で、市民は必ずどこかのチームのファン。

日本では、電車の中で野球のユニフォームを着た人を見ると珍しいと思いがちじゃないですか。アメリカでは、それを着ているのが普通なんです。
でも、オーディションを受ける前の私にそんな認識はありませんでした。アメフトが本当に盛んだってことも、そこで活動するチアリーダーがいるということも知らなかったんです。いざ始まったトライアウトでは、本当に困りました。規定のダンスを踊る試験の時、試験官のディレクターが振り付けのポイントを説明してくれるんですけど、当然、英語。スピードも速いし、聞き取れない。他の皆とは明らかに情報量が違ってしまいました。私以外にも日本人の子はいたんですけど、ほぼ私と同じ状況だったので、皆で知恵を絞りながら、理解に努めました。本当によく、取っていただいたなと思います。

最初は「How old are you?」みたいな簡単な質問も聞き取れなくて、
まったく違う答えを言ったりしていました。

私、もともと楽天的な性格なんです。トライアウトで「言葉を覚えるのが大変」とは感じましたが、「まぁ、何とかなるか」と思っていました。合格後の一時帰国から6月頃、再渡米。日本人向けの語学学校には予約が殺到して行けなかったので、言葉は独学で覚えることにしました。
とにかく喋ろう、人に触れようと心がけました。最初のうちはコミュニケーションは取れないだろうけど、音を聞くことはできるだろう、と。近所のバー、個人トレーニングをするジムと、色々な場所での会話に加わりましたね。「チアリーダーをやるために日本から来た」と言うと、色んな方の琴線に触れられたみたいで、周りからも積極的に声をかけていただけました。
留学経験はなかったし、何より勉強は嫌いだったんですけど、短大での専攻は一応、英語でした。

とはいえ現地の英語は、授業中のカセットテープから流れてくるちゃんとした発音とは違いました。私の住んでいたサンフランシスコは特にそう。さらに環境にも甘えられなかった。アメリカでは、アジア人も普通に英語がしゃべれます。皆、その流れで言葉のわからない日本人にも普通に話しかけてくるんです。そんな中、私は「How old are you?」みたいな簡単な質問も聞き取れなくて、まったく違う答えを言ったりしていました。ネイティブの発音に慣れるのにホント、苦労しました。
練習中も、ディレクターや皆の言葉を理解するのが大変でした。わかった単語がいくつかあれば、想像の世界という感じで。あまりにもわからないから、何がわからないのかを聞くこともできない。わかってなくても「OK」と言うしかない。そのレベルでした。

ダンスでは、メンバー間で交わされる言葉のニュアンスの理解が大事。
自信をつけて英語を話せるようになり、パフォーマンスにもいい影響がありました。

そんなこんなで英語恐怖症だった8月中旬頃、日本の友達が立て続けに遊びに来てくれました。皆、英語が喋れませんでした。それまでは言葉がわからず自分にできないことがあっても、「ま、いっか」で済んだけど、友達がいるとそうはいかない。折角来てもらったからには色んな場所に連れて行ってあげたいし、色んな人と話して欲しい。だからがんばらなきゃと、とにかく必死に喋りました。友達にいい顔したい、という気持ちもありましたし。
その時期から、ある程度「私、英語が喋れるかも」と自信をつけられました。知人以外に思いが伝えられなかったはずが、レストランで注文ができるとわかった。お店の人に食べたいものを言えるようになった次は、道行く人に声をかけて会話できるようになった…。こんな感じで会話の幅が広げていったんです。

言葉を覚えるには、とにかく回数をこなすしかない。私は積極的に声をかけて、友達が来るという「事件」を乗り越え自信をつけた。11月頃には現地やチームメイトに友達ができ、「こういうシチュエーションではこういう言葉を使うんだ。今度、使ってみよう」といった会話やメールの中で繰り返すうちに、ある程度、気持ちのやりとりができてきました。
言葉の理解は、チアでのパフォーマンスにも繋がったと思います。
ダンスって、皆が同じものをイメージしないといいものにならない。だからメンバー間で交わされる言葉のニュアンスを理解し合うのが、作品を作るうえで大事なんです。あと、うちはチーム全員が素直で、何かあれば本人に伝えて解決する雰囲気がある。ルーキーの子がベテランに「そこ、違う!」とか。それでも誉める時は社交辞令なしに誉めるから、互いに尊敬し合う空気は壊れないんです。
そんな中、最初は「何を話していいのかわからない」「話しかけても伝わらなかったらどうしよう」と思っていた私も、言葉に自信をつけることで言いたいことが言えるようになった。シーズン中、「私はここで個人練習してるから、集まれる人は一緒にやろう」と伝えたり、練習場所を一緒に探したりと、もともとあった「全員が自主的に上手くなろうとする雰囲気」に乗っかれるようになったんです。
シーズン終了後、ディレクターから言われました。「今年はいいチームだった」と。全体練習以外の時間に皆が活動していたのを知っていて、泣いて喜んでくれていました。

日本人は何かを忠実に行うことが得意。まずは与えられた振り付けを完璧にやる。
2年目はさらに高いステージで。

キャンプからシーズン終了まで、サンフランシスコには7ヶ月滞在しました。自分でもすごいと思ったのが、日本のテレビ番組で外国人がしゃべっているのを、字幕なしで理解できたことです。それも頭の中で日本語に変換するんじゃなく、英語が英語として脳に入る感じでした。
チアのことを振り返れば、アメリカ人は、与えられた指示を自分で解釈し、自分なり表現することが多いと感じました。オーディションでも、所定の振り付けを勝手に変える子もいた。逆に、それが評価されるんです。

でも、私たちが求められていることは、まずは与えられた振り付けを完璧にやることのような気もします。その上で表現力があればなおいい、という感じですね。どちらかと言うと日本人は、何かを忠実に行うことが得意ですから。
来季もアメリカでチアをやりたいです。昨年は「とにかく挑戦すること」に必死でしたが、2年目はより高いレベルを意識できたらと思います。

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