Global Athlete PROJECT

木暮選手からのメッセージが届きました!


木暮選手からのメッセージが届きました!

日本フットサル界の先駆者として、スペインで4シーズンプレーしてきた木暮賢一郎選手。帰国後はFリーグの名古屋オーシャンズに加入し、主力としてプレーはもちろん、日本人と外国人監督、選手の潤滑油としても重要な役割をこなしリーグ4連覇に大きく貢献している。

彼がスペインで最初に降り立った街は、首都マドリードやバルセロナといった観光都市ではなく、日本人がいないのはもちろん、英語すら通じない片田舎だった。通訳も付かず、独力で切り抜けなければならない中で、語学の重要性を身をもって経験した。世界最高峰の舞台で渡り歩いてきた木暮選手が考えるアスリートに求められる語学力とは。

理解できなくても積極的に参加する事で次に繋がる

サッカーでスペインが人気、実力があるように、フットサルもスペインが世界最高峰のリーグで、ブラジルやアルゼンチン、ポルトガルなどから多くの外国人が集まっています。僕もスペインを目指し、実際にその舞台に立てるようになったのですが、英語は学生時代から得意だったので、「英語で何とかなるだろう」と思ってスペインに渡る前はスペイン語をほとんど勉強していませんでした。ですが、これが大きな間違いでした。
最初に住んだ町は、通訳もつかず日本人もひとりもいない田舎町でした。しかも、スーパーで「egg(卵)」という英語すら通じなかったので、語学的には崖っぷちに立たされました。
チームの練習はもちろんスペイン語で、プレーの名前やコーチのジェスチャーで理解できる部分はありましたが、最初は何を言っているのかほとんどわかりませんでした。

ただ、練習はチームメイトのプレーを見て真似をすれば何とかなったのですが、特に大変だったのはアウェイ戦のバス移動でした。長い時は8時間以上もバスで移動するのですが、会話をしたくても周囲の会話を理解できないので、バスの中では寝るか寝たフリをして時間を過ぎるのを待つしかありませんでした。
また、大勢で食事した時も苦労しました。スペイン人の会話スピードは速いうえにみんながいっせいに話し始めるので、会話に入るどころ何を話しているのか理解すらできませんでした。ひとりだけ取り残されている感じになって辛い時もありました。しかし、誘われた食事を断ったらコミュニケーションを取る機会を無くしてしまうので、食事などのイベントには必ず参加して一語でもいいから理解しようと必死に聞いていました。そういった状況の中でも、親切なチームメイトが途中で会話の概要を丁寧に説明してくれた事は、僕にとってとても幸いでした。

間違っていても積極的に使えばわかってもらえる

移籍当初は一人暮らしだったので、毎日練習や会話で聞いたフレーズを思い出しては発音するのをひたすら繰り返して覚えていました。その後、チームメイトと同居するようになってからは、その日に聞いた単語をチームメイトに何度も使って習得していきました。さらにボキャブラリーが増えてきたら、寝る前にインタビューや会話を想定して、ひとりで何度もシミュレーションしていました。
こうやって覚えた言葉をチームメイトやレストランなどで積極的に使って会話をしていました。皆さんも来日した外国人が拙い日本語でも熱心に話しかけてきたら悪い気はせずに対応すると思います。それと同じではないでしょうか。最初の頃はかなり間違っていたと思いますが、こっちが積極的に話しかけると、相手もそれに応えてくれました。

とにかく聞いてたくさん使う事を繰り返しましたが、コミュニケーションが取れるようになるまでは時間がかかりました。移籍した1シーズン目は、試合中の監督やチームメイトの指示はまったくわかりませんでした。監督が僕の方に向かって何か言っていても「あ、何か言ってる」と気づきましたが、監督も僕がスペイン語を理解していないと思っていたでしょう。僕も理解できないので開き直って結果に現れる点を取ることに集中しました。そのおかげでリーグの得点ランキング上位に入ることができ、他のチームの選手からも名前を覚えてもらえるようになりました。1年目から結果を出せたのはとても良い事でしたが、言葉がわからなくて良かったと思えるのはこれだけですね(笑)

語学で得た成長と新たな経験

すべて独学でしたが1年近くスペイン語を勉強すると結果、日常生活だけでなく練習や試合の監督の指示なども理解できるようになりました。しかし、理解できるようになると良い事だけでなく、試合中の自分への罵声や悪い評価、監督が怒っている言葉なども耳に入ってきたので、逆にプレーに迷いが出てしまった部分もありました。それでも、フットサルの考え方や自分のプレースタイルも変わり、プレーの幅も広がりました。

AFCフットサル選手権では日本代表が初優勝して、僕自身もMVPを受賞しただけでなく、第1回AFC最優秀フットサルプレイヤー賞も受賞できました。また、日本にいる時は雲の上の存在だった選手たちと対戦したり、フットサルの世界選抜の一員に選出されました。スペインには約4年いましたが、世界最高峰のリーグに僕がそれだけ長くスペインでプレーできたのは、監督や選手とコミュニケーションが取れたからだと思います。

語学を学んでおけば辛い経験を避けられる

これまで海外でプレーして日本代表にも選ばれ、選手としていろいろな経験をしてきました。将来は日本代表監督を目指しています。そのためにはフットサルをもっと勉強しなければなりません。だから、スペイン語はもちろん、英語やポルトガル語など外国語も必要になってきます。僕はスペイン時代にスペイン語を独学で身につけ、ブラジル人とよく会話していたので、スペイン語とポルトガル語が入り混じっていたり、敬語やフォーマルな場で適したスペイン語は正直あまり知りません。だから、今でもスペイン語をはじめ外国語を勉強しています。これは監督だけでなく、選手を目指す皆さんにも共通していると思います。
僕がスペイン語がわからずに辛い思いをした経験は、事前に準備しておけば避けられる経験ですので、世界を目指す人は、日本にいるうちから外国語をマスターする事をお勧めします。