中野遼太郎オフィシャルブログ

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自分の発音は棚の上に放り投げるつもりで言うけど、タイ人の英語は本当に聞き取りづらい。

これまで様々な国、大陸の人と英語で話してきたけど、その中でもかなり独特なイントネーションの部類に入ると思う。

今日も

「ナカノ、トゥディ、相葉、相葉!」

と言われて、嵐の相葉くんか、小学生のときに学習塾で同じクラスだった相葉くんか、の二択で迷っていたら

Ice Bath (氷風呂) のことだった。

小学生のときに学習塾で同じだった相葉くん、いま何してるんだろうなぁ、見るたびちんちん見えそうな丈の短パン穿いてたなぁ。と物思いに耽りながらIce Bath、いや相葉に浸かったことは言うまでもない。

この現象を僕は一人空耳アワーと名付けていて、出来ればメモを片手に練習したいほどの頻度でよく空耳に遭遇し、その度に一人でケラケラしている。(長ければ長い文章ほど空耳になると面白い)

僕は彼らよりは上手に英語を使えるけれど、フィジカルコーチのベルギー人ほど自在には使えない。ブラジル人の2人は僕より英語は話せないけれど、僕の数倍は思ったことを相手に伝える(押しつける)能力がある。タイ人選手は英語が話せなくても人懐こい。そして僕たちはひとつのチームとして活動している。

言葉は手段であって目的ではない。言葉を介すると円滑に事が進むことは多いけれど、母国語以外まったく必要としない人生も無数にある。バイリンガルが偉いわけでもネイティヴが偉いわけでもない。トリリンガルは凄い。

ただ、どんな国籍の相手でも、日本のアダルトビデオを見せれば一瞬で距離が縮まる。言葉は要らない。例えグーグルが音声翻訳を実現しても、同時通訳ロボットが誕生しても、それだけは変わらない。日本の企画系アダルトビデオは世界を救う。万国共通、心の翻訳ツールである。

さて。

村上春樹はある本で「書きながらモノを考える」と記していた。とにかく書き始めることで、書きたいことが分かり、頭が整頓されていくのだと。僕はとても感銘を受け、模倣したくなり、今日もブログを書き始めた。

しかし僕は村上春樹ではなかった。「書きながらモノを考える」などと始めてみても、あーだこーだと考えているうちに、己の頭が辿り着いた結論は「日本のAVは心の翻訳ツールである」という、親が見たら卒倒しそうな帰結である。目も当てられない。

適材適所。僕が使うのは、手よりも足。

今週末は大切な試合。相葉の効果はいかほどか。。。勝てるように準備します。

おやすみなさい。

タイのテレビで特集組んでもらったよーん


ryotaro nakano • 2017-09-30


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