
川島 永嗣(かわしま・えいじ)
中学時代、県選抜でドイツとオランダへの遠征の経験あり。 高校時代は、全国大会にも出場し活躍。卒業後、大宮アルディージャ入団。大宮時代、イタリア・セリエAへ留学し、若手の大 会(ヴィニョーラ・トーナメント)にも参加し優勝。ベストゴールキーパーに選出された。ACパルマから獲得打診があるもチームが 断った。 大宮在籍時には、アジアユーズを戦うU-19日本代表選出、不動のレギュラーとして活躍。特に準決勝のウズベキスタン戦で はPK戦で2本ストップするなどの活躍を見せた。2003年12月に行われたワールドユース(現FIFA U-20ワールドカップ)でも、 イングランド戦、エジプト戦では再三にわたって決定機を迎えるが、ことごとくスーパーセーブを繰り返し、チームのベスト8進出 に貢献した。この活躍はサッカー解説者達からは「GKに関しては次世代のタレントは見つかった。と評価されるほどの存在。 その後、2004年に名古屋グランパスエイトに移籍。2007年 シーズンから川崎フロンターレに移籍後すぐに、正ゴールキー パーの座を獲得。移籍直後の2007年2月にはA代表に初招集、その後代表に定着。 2010年ワールドカップ南アフリカ大会にてレギュラーとして全試合に先発出場し、日本の決勝リーグ進出へ大きく貢献。ワー ルドカップ終了後にベルギージュピラーリーグ リールセSKに移籍! 今後海外でも活躍が更なる期待できるプレイヤー。 語学も堪能で英語、イタリア語が堪能。 社会貢献活動も積極的に活動している。
公式HP:www.eiji-kawashima.com
グローバルアスリートプロジェクト発足式
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田臥 勇太(たぶせ・ゆうた)
在籍球団 : リンク栃木ブレックス
生年月日 : 1980年10月5日(30歳)
出身地 : 神奈川県
経歴 : 秋田県立能代工業高校→NCAA2部ブリガムヤング大学ハワイ校→トヨタ自動車アルバルク→NBAデンバー・ナゲッツ→ABA(アメリカ・独立プロリーグ)ロングビーチ・ジャム→NBAフェニックス・サンズ→ABAロングビーチ・ジャム→NBAロサンゼルス・クリッパーズ→NBAデベロップメント・リーグ (以下NBADL) アルバカーキ・サンダーバーズ→NBADLベーカーズフィールド・ジャム→NBADLアナハイム・アーセナル→JBLリンク栃木ブレックス

木暮 賢一郎(こぐれ・けんいちろう)
ニックネームはグレ。
誰もが認める日本フットサル界のエースであり、先駆者として、日本フットサル界を語るのに欠かせない存在。
世界最高峰のフットサルリーグと呼ばれるスペインで4シーズンプレーし、日本代表としても背番号10番を10年間背負い続け、フットサル界では『キンググレ』 とも呼ばれている。
小学校時代はサッカーをしており、読売ジュニアユースに所属、大学進学後に本格的にフットサルを始め、大学3年時に日本代表に初選出。その後は日本代表のエースストライカー、背番号10番として現在も活躍中。
日本代表では2005、2006年AFCフットサル選手権大会で2大会連続MVPを獲得、2006年には大会MVPと同時にAFC年間最優秀選手賞を獲得し名実ともにアジアナンバー1の選手となる。2007年にはAFCフットサル選手権大会で得点王を獲得。
クラブにおいても2005-06年シーズンに世界最高峰のフットサルリーグと言われるスペインに活躍の場を移し、移籍初年度にチーム最多の35得点をマーク。スペイン移籍3年目にして念願のスペイン1部チームに移籍。
2008年に日本に帰国。Fリーグ名古屋オーシャンズに所属し、リーグ4連覇に大きく貢献。09-10年シーズンはリーグベスト5に選出され、同2010年には日本人としては唯一、リビアで開催された世界選抜に選出。
現在も日本代表、名古屋オーシャンズの背番号10番として日本フットサル界を牽引している。
公式HP:http://guregoal.com
公式ブログ:http://ameblo.jp/guregoal

寺田 陽次郎(てらだ・ようじろう)
1947年生まれ。1965年にレースデビューした後、1969年にマツダオート東京の社員ドライバーとして入社。国内のモーターレースに参戦しながら、1974年にルマン24時間レースに初参戦。以降、同レースには3回のクラス優勝を含め、29回の出場を誇る(2011年現在)。その功績から「Mr. ルマン」の愛称でも知られる。

別府史之(べっぷ・ふみゆき)
1983年4月10日神奈川県茅ヶ崎市生まれ。高校卒業後フランスに渡り、2005年にランス・アームトロングの所属するディスカバリーチャンネル・プロサイクリングチームに加入し、日本人として初めてUCIプロツール(現ワールドツアー)選手となる。2006年に日本チャンピオンタイトル獲得し、2007年に日本人初のUCIプロツール(現ワールドツアー)ポイントを獲得。2008年アジアチャンピオンタイトルを獲得し、北京オリンピックにも出場。2009年、日本人として13年ぶりとなるツール・ド・フランス出場。最終第21ステージで「敢闘賞」を獲得。日本人初の完走も同時に果たした。2010年より再びランス・アームストロングの所属するチーム・レディオシャックへ。2011年、日本人で始めて、5大クラシック完走を達成。2度目のグランツールとなるジロ・デ・イタリアに初出場し、第1ステージのチームタイムトライアルで2位、第10ステージでは区間フーガ賞を獲得。6月には久しぶりに日本選手権を走り、ロードと個人タイムトライアルの日本チャンピオンを獲得。また8月に行われたGPウエストフランスでは8位に入り、ワンデイレースで日本人初のUCIワールドツアーポイントを獲得。2011年UCI世界ランキングで145位(日本人過去最高位)となる。2012年からはオーストラリアのグリーンエッジに移籍し、3度目のグランツールとなるジロ・デ・イタリア、そしてロンドン・オリンピックに日本代表として出場することになっている。
Official Site:http://www.fumy.jp
twitter:@Fumybeppu (http://twitter.com/Fumybeppu)
facebook:http://www.facebook.com/FumyBeppu

神野由佳(かみの・ゆか)
神野由佳 大阪府東大阪市出身。
2002年立命館大学在学中にソルトレーク冬季五輪に3000mリレーに出場し、4位。2003年に全日本選手権で初優勝し、以降国内では敵無し。大学卒業後は綜合警備保障株式会社に就職。2006年のトリノ五輪では1500mで7位入賞。2007年に全日本選手権で優勝し5連覇。日本のエースとして日本ショートトラック界を牽引してきた彼女だが、2008年に現役を引退。引退後は会社も退職し、コーチ修行と語学習得の為、カナダへ留学。帰国後の現在は後輩の指導にあたっている。

井上友綱(いのうえ・ともつな)
1986年1月20日生 追手門高校、早稲田大学出身
NFL(National Football League)はアメリカで最も人気のあるプロスポーツの座を30年以上にも渡り守リ続けている。アメリカ国内だけでも毎週1億人以上のファンがテレビの前やスタジアムでNFLに熱狂し、NFLの優勝決定戦であるスーパーボウルは、アメリカの歴代スポーツイベントのTV視聴率第1位、さらにトップ10のうち1つを除いては全てを歴代のスーパーボウルが占めるなど、このようにNFLはスポーツ大国アメリカの中でも圧倒的な人気を誇っています。
しかし、そんなNFLの公式戦のフィールドに立った日本人は歴史上まだ一人もいません。
MLBへ野茂英雄が、NBAへ田臥勇太が、NHLへ福藤豊が挑戦してきましたが、最後に残った牙城が、アメリカで最も人気が高く、ビジネス規模も大きいNFLである。
そんなNFLに大学を卒業後ずっと挑戦し続けている井上友綱選手。
しかも彼のポジションはQB(クォーターバック)と言われ、アメフトのポジションの中で最も重要なポジション。攻撃の司令塔。別名フィールド・ゼネラル(フィールドの将軍)と呼ばれ、全ての攻撃のスタートはQBから始まり、外国人が挑戦するには最難関と言われるポジションでNFLに挑戦している。

小西杏(こにし・あん)
1980年12月16日生 東京都世田谷区出身
淑徳学園中学、四天王寺高校。
ミキハウスなどを経て、ドイツ、中国、スペインのプロリーグなどでプレー。
2001年世界卓球選手権団体銅メダル、2002年アジア競技大会団体銅メダル、2003年アジア卓球選手権ダブルス銀メダル、混合ダブルス銀メダルを獲得。
2001年には中国超級リーグに在籍し、日本人として初めてシングルスで勝利をあげる。
全日本選手権のダブルスでは2002年から2004年まで福原愛選手とペアを組み3連覇。
その後、ドイツやスペインリーグなどで活躍する日本を代表する卓球選手。

佐竹美帆(さたけ・みほ)
1987年1月31日生。東京都練馬区出身。
和光国際高校、立教女学院短期大学では器械体操に専念。2007年にトヨタに入社後、JBL(日本バスケットボールリーグ)に所属する同社の実業団バスケットチーム・アルバルクでチアリーダーを始める。08年度シーズンからはキャプテンとなり、OL業務の傍ら体育館で活躍するその姿は、民放局ドラマの登場人物のモデルともなった。10年度シーズンまで活動後、親交があり、かつてNFL(ナショナルフットボールリーグ)サンフランシスコ49ersのチアリーディングチーム・ゴールドラッシュの一員だった安田愛さんらの影響を受け、同チームのオーディションを受ける。300人以上の参加者の中から合格者32名の中に入り(日本人では唯一)、勤務先を退社。安定した収入を捨ててのこのチャレンジで、多くのメディアで話題を集めた。学生時代の留学経験もなく、語学に不安があるなかでの渡米。とはいえ持ち前の前向きな姿勢でその壁を突破し、2011年度、後にチームディレクターが「今年はいいチームだった」と振り返るメンバーの一員となることができた。なお、この世界トップクラスのアメリカンフットボールのプロリーグで日本人チアリーダーとなれたのは、石田季子さん、安田さん、齋藤佳子さん、石田真紀さんに次いで5人目。JBL出身者では初だった。
公式ブログ:http://nfljapanblog.com/blog/satake



