英語キッズチアスクール ウタコ先生ストーリー
6歳でアメリカへ、もちろん英語は話せません
突然決まった父のアメリカへの転勤。卒園式に出られないわたしのために保育園の先生が開いてくれた1人早めの卒園式では実感もなく、一筋の涙も見せなかった私ですが、その帰りの車の中で母が泣き出したことにつられ自分も一緒に泣いたことを今でもはっきり覚えています。
今ほどSNSやネットの情報が浸透していない時代に、幼い子ども2人を連れ、頼れる家族や友達のいないアメリカへ引っ越すことがどれほど心配で不安だったことか、幼かった私でも母の涙から感じ取ることができたのかもしれません。
当時話せる英語はHelloやThank you、数字のOneからTenまでなど、数える程度。母も英語を話せずアメリカに行ったので、最初の頃は学校に入るものの苦労の連続で、泣いてばかりいた記憶が残っています。たまたま同じ学校に日本人の子がいて、助けてくれたのは良かったのですが、結局その子とは日本語で話し、頼りきってしまう状況が続いていました。
環境に投げられ、やるしかない状況で英語を習得
半年くらい経ち、少しずつ英語が聞き取れている感覚があり、1年くらい経った頃には英語を理解しコミュニケーションを取り始めるようになっていました。とにかく英語を話さなければ生活ができない環境の中に突然放り出されたので、子どもが母国語を学ぶ環境と同じ順番で耳から英語を身につけていき、発音は親もびっくりするくらい良くなっていきました。
もちろん単語力では両親の方があったのかもしれませんが、ネイティブに近い音で英語を話すことができるようになっていたのは私たち子どもの方でした。今英語キッズチアスクールに携わり、子どもたちが英語を理解できなくても、英語が飛び交う環境に身を置くこと、そして英語を耳から身につけるというやり方は自分自身の経験から、自信を持って大丈夫と伝えることができます。
海外と日本の教育の違い
アメリカの夏休みは長かったため、夏休みを利用して従姉妹の通う小学校に毎年通っていました。日本の小学生とアメリカの小学生の大きな違いは「積極性」で、目立ちたがり屋が多いアメリカ人と比べて、日本人はシャイで奥手という印象を感じていました。
不思議なことに私自身も日本に帰ってくるとそんな日本人のクラスメイトに影響を受け、シャイな性格になっていたのです。アメリカでは先生がフレンドリーなので友達みたいな感覚で接していたからでしょうか、子どもたちが発言しやすく周りも積極的なので、環境がもたらす影響からか私自身も積極的に発言していました。
授業もリーダーシップのクラスだったりパワーポイントを使うプレゼンの授業などが小学生からあり、小さい頃から人前で発表や発言する機会が多かったように思います。ちなみにこのクラスというのも自分で選択するのが普通だったので、一つ一つ自分の意志で選択を重ねることが、自主性を養っていったのだと思います。
表現者として–タップダンス→チアリーディングとの出会い
そんな中、9歳の時にタップダンスと出会いました。リズムを体で表現するタップダンスの魅力に惹かれ、14歳の帰国する時までずっと習っていました。踊ること、人前で表現することの楽しさを知り、音楽に合わせて体を動かすこと、自分を表現することが人生に欠かせないものとなっていきました。
日本に帰国後、チアと出会うことになるのですが、自分を表現することの楽しさに加え、人を励ますために踊るスポーツの魅力に惹きつけられ、高校、大学の7年間をチアリーディングに捧げました。私は人が笑ってくれることが好きなんです。大阪の血?なのかアメリカで習得した性格なのかはわからないのですが、チアというスポーツはいつも笑顔で、人を元気にするスポーツです。自分の性格にぴったりと合っていると感じました。
自分を見失った暗黒のOL時代
実は14歳で日本に帰国後、英語が嫌いになってしまった時期がありました。その理由は英語が「勉強」になってしまったからです。英語を聞き取ることができ、コミュニケーションもとれるのに、英語の授業では、そこが必要とされているわけではなく、英文法をテストで試され、点数で評価されるという今までとは違う英語の使い方に戸惑いを感じ、英語の時間を楽しめなくなっていました。
むしろ英語が嫌いで苦手なのではないかと感じるほど…。今になって思えば、だから日本の英語教育は話せない人が多いのかと思うのですが、当時は文法中心の英語教育の中で、戸惑いを感じている自分に劣等感さえ感じていたのです。大学でも英語は使っていましたが、自分の強みとは感じられず、一般企業のOLとしての就職を選びました。
これが、自分の人生で一番辛い時期となってしまったのです。大好きな踊りをするわけでもなく、自分自身を表現できるわけでもなく、英語を使うわけでもない。自分が自分らしくいられない環境に苦しみ、仕事の移動中に泣きだしてしまったり、情緒不安定な状態になってしまったりと心が病んでしまう時期を過ごしました。
GA英語キッズチアスクール先生への道
そんな時に、たまたま同じ大阪出身でソータ先生と共通の知り合いから、「これウタコにぴったりじゃない?!」と英語キッズチアスクールの先生の求人の話を勧められ、直接ソータさんに会うことになりました。話を聞けば聞くほどこれは自分がやりたい仕事だと思い、転職を決意。
そこからやりがいのある仕事に就き、充実した毎日の中で自分らしさを取り戻していきました。スクールディレクターのハヤトさんからは「前の仕事はウタコじゃなくてもできる仕事だけど、英語キッズチアスクールの先生はウタコじゃないとできない仕事だ」と言ってもらい、自分が自分らしくいられる環境と尊敬できる人と一緒に働くことができることの大切さを再確認しています。
今、英語キッズチアスクールの先生として、大好きなチアと英語を生かせる仕事ができることにとても幸せを感じています。みんなからは笑われたのですが、携帯の待ち受け画面もGAの先生たちみんなで撮った写真を選んでいるほど。笑 ちなみに待ち受けに使っている写真がこちらです↓↓
少し長い休みになると英語キッズチアスクールの子どもたちはどうしているかな?早く先生たちにも会いたいなと思っている自分がいて、こういう気持ちになれる環境に感謝しています。
一生チアリーダー宣言
人を元気づけるチアというスポーツほど素晴らしいものはないと思っています。しかし、人を励ますには自分自身がポジティブで元気でいないと人を励ますことができません。子どもたちには自分らしく表現することの大切さを伝えると同時に、自分の気持ち次第で何事もポジティブな状況に持っていけるメンタルの強さを教えていきたいと思っています。
雨が降ったから最悪ではなく、雨が降ったから集中して本が読めるな。や、木々にとっては恵みの雨だな!とか、暑いから「暑いのいやだー」とダレるのではなく、「暑さを吹っ飛ばそう!」や「暑いから集中してやっちゃおう!」など自分で自分をチアできる人になって、小さな幸せをいっぱい見つけることができる子どもになってもらいたいと思っています。そのために自分が見本となって示せる人になり、子どもたちから出会えてよかったと思ってもらえるような先生になりたいと思っています。
スポーツを通じて英語を学ぶ英語キッズチアスクール
https://globalathlete.jp/english-kidscheer/
グローバルアスリートプロジェクトでは英語サッカースクールを一緒に成長させていく仲間を募集しています!
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