Global Athlete PROJECT

英語キッズチアスクール ユイカ先生ストーリー Part.1〜GAに入社するまで〜

ふわふわ〜っとしていて会うと柔らかい気持ちになるユイカ先生☺️実はそんな見た目からは想像もできないほどアツい気持ち、行動力、エネルギーの持ち主なんです!どうしてそこまでアツくなれるのか!?ユイカ先生のこと、とことん聞いちゃいました!

英語好き!!からくる行動力は
小学生から

生まれも育ちも茨城県。でも幼少期からとにかく海外についての話を聞く機会が多かったんです。父が若い時にワーキングホリデーで海外にいたり、世界中を飛び回って働いたり、NYで働いていた親戚がいたり。

特に小さい頃から英語を習っていたとかではなく、本格的な英語の勉強は中学の授業からでした。英語のクラスが大好きで、当時の外国人先生と仲良くなって沢山話しかけてお手紙交換をしたり、NHKラジオで英語の番組を朝ごはんの時に聞いたりしてました。当時、リトル・チャロという番組があったんですが、CDと本を購入して、このページならこの内容って覚えているくらい全てを暗記してましたね。洋楽の歌詞を書き出してひとつひとつ読み解いたりするのも趣味でした。その他にも英語のスピーチ大会を勧められて本番に向けて一生懸命頑張った記憶があります。

高校に入ってからも、英語好きと積極性は変わらずでしたね。
例えば、当時高校にはなかった英語部を先生にお願いして創部、外国人先生と交換日記をしたり、文化祭で英語劇を披露していたりしました。英語がとにかく好きで、通学中もイヤフォンでずっと英語会話を聞いていましたね。
その他にもディベート大会に出場するため、暗記する英語ではなく、その場で英語を考えて、伝える訓練もしました。周りのみんなの英語レベルが高くて、とても刺激を受けたのを覚えています。

初海外留学で英語の面白さを知る

そしてなんといっても高校2年で3週間、短期留学で訪れたカナダでの経験は楽しすぎました。留学に行くからには、自分の中で「わからないことは絶対聞く!」というテーマを掲げて過ごしたんですが、帰る頃には「あ。なんだか聞き取れる」という感覚があって衝撃でした!
聞き取れる感覚と通じることの楽しさを改めて実感しました。

大学受験で人生初の挫折を経験

高校までは、勉強が好き、いわゆるガリ勉少女で、進学校だった高校での生活も充実していました。ですが、大学受験で初めて大きな挫折を味わいました。
推薦をもらえた国立大学の面接と小論文には自信があったのですが、落ちてしまい、そのショックでセンター試験も思うような結果が出ず。
好きだった勉強も嫌いになり浪人の気力もなく、当時の自分としては納得のいかない東京の私立大学に進学することに。唯一その学校を選んだのは、もともと希望していた留学ができる、という理由のみでした。

大学生活も前向きに思えるように

最初は全く乗り気ではなかった大学生活も、学校外で出逢った外国人の友達と仲良くなり交流を深めるようになってからは、楽しい時間も増えていきました。
当初全く視野に入れていなかった東京の大学への進学も、東京だからこそこんな国際的な交流ができるんだって、ここでよかったと思えるように気持ちを立て直しました。大学生活の中でも英語でディベートをするサークルに所属し、刺激を受ける日々を送るようになりました。

二度目の留学を経て、大変身

そして、大学3年生で人生2回目の留学を経験しました。
父がワーホリで行っていたオーストラリアで1年間過ごしました。
ここでも自分なりの留学中のテーマ「なるべく日本人とはつるまない」を意識して過ごしました。クリスマスカードを送りあったり、今でも繋がっている友達がたくさんできて、世界が広がりました。さまざまなボランティアも経験しましたよ!例えば古着屋さんとか、子どもが大好きだったこともありベビーシッターを頼まれたこともあったり。留学先ではダンスサークルに参加してK-POPにも出会い、充実した留学生活を送っていました。

留学前は、もやい子(茨城の方言で「ださい」「オタクっぽい」の意味)だったんですが、優等生だった高校までに感じていた「良い子」であるべきプレッシャーから逃れたのもあり、帰国後は、周りから「え?誰?」と言われるほど変わりました。
ずっと黒髪だった私が、帰国後金髪で茨城に帰ったら大変なことになったのは今では良い思い出です笑。

なかなか踏み出せなかった
ダンスの世界

ここまでの話だと、英語に関してかなり積極的!と思われますよね。でも、ダンスについては正反対で、なかなか踏み出せなかったです。
ダンス自体はずっとやりたい!と思っていて、小学校の時に公民館のイベントに参加させてもらったんですけど、全然みんなの輪に入れなくて。
ダンスを通わせてもらえるチャンスを逃してしまいました。
その後、ダンススクールに通うことはなかったんですが、中学の授業であった創作ダンスでリーダーになって休日も練習したり、高校の文化祭で毎年ダンス発表をしたり、ようやくダンスに触れる機会ができました。

チアとの出会いは高校野球のチア。1、2年生の時は先輩たちの見よう見まねでやっていましたが、3年生の時に全部振り付けを変えたくて、YouTubeで高校や大学のチアを見まくって研究していました。

ダンス(K-POP)のスクールに通い始めたのは、実は社会人になってから。今からじゃ遅いかな、、と何度も沢山悩んで迷って、やっと一歩踏み出しました。ダンススキルはまだまだなので、チアのアームモーションなんかはGAのチアメンバーに教えてもらったりして今も修行中です!

夢の海外赴任!のはずが。。。
試練の連続だった営業職時代

GAに入社する前は、新卒で海外展開もしている会社で働いていました。入社面接時にNYでの海外赴任を約束されたにも関わらず、入社時にまさかの海外支店クローズという展開で最終的に配属されたのが営業。
営業での仕事は本当に本当に大変でした。
生々しいお話はここでは辞めておきますが笑、女性の地位が低く、悔しい思いをたくさんしました。とにかく2年くらいは歯を食いしばって頑張り続けた結果、結果が出るようになり周りも少しずつ認めてくれるようになったんです。
そんな矢先にコロナ到来。会社の事業も思いっきり影響を受け、辞めざるをえない状況になりました。

ひょんなことから出会ったGAの仕事

無職になった私は、1年翻訳の勉強をして、在宅で翻訳の仕事をしていました。
営業で動き回っていた私にとって、少々窮屈でありながらも楽しく仕事をしていて、転職する気もなかったんです。

そんなとき、当時海外に住んでいた親戚の子供が、帰国後に通える習い事として見つけたのがグローバルアスリート・プロジェクトでした。
もともと子どものことが大好きだったし、英語やダンスもずっと自分がやりたくて関わっていること。
「いますぐここで働きたい!!」と思いました。

晴れて、「天職だ!!」と思えるGAの先生の仕事に出会ったYUIKA先生!
Part1はここまで😚
次回のPart2はGAに出会ってからのYUIKA先生のストーリーです📚
お楽しみに〜👋